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2017年5月

2017年5月24日 (水)

タイミング

またもや、仕事の愚痴なのですが。

物事には、タイミングや時期というのがあります。
しかし、それを無視する人がいます。

集中を要する作業をしているのに、雑談してくる上司。
終業間際に案件を振ってきて、残業せずに終わらせろとか言う上司。
電話しているのに、話しかけてくる部下。
営業時間が終了しているのに、入ってくる客。
等々.....

個人顧客相手に業務を行うことが多いのですが、顧客の年齢層が若いためなのか、礼儀と物事を知らず、我を通してくる方が多くて、非常に精神的に痛手を被ります。

少し前に流行った言葉で言えば、「空気が読めない」のでしょうが、もう少し観察力と想像力を持って相手のことを考えてほしいものです。

誰でも、自分の事を考えてくれない人は嫌になるものだと思うのですが.....

吾唯「不足」知:「空気が読めない」人たちに対する忍耐力

2017年5月21日 (日)

時間は有限

皆、自分の持ち時間は有限で、平均寿命を80歳とすると私はとっくに折り返しを過ぎています。

仮に、残り40年として、ざっくり計算すると
40(年)×365.25(日)=14610(日)

1日に平均で、5時間自分のために使える時間があるとして、
14610(日)×5(時間)=73050(時間)
しかないです。

よく、何かの技能を高めて達人や名人などと呼ばれる様になるまでに一万時間必要だという説がありますが、残りの自由時間で、あと7つしか技能を習得できないことになります。

別に達人にも名人にもなるつもりはないですが、色々とやりたいことはあるし、それなりに習得したいこともあります。

そう考えると、1秒も無駄にできないはずなのですが、基本的に飽きっぽくて怠け者な性格が邪魔をして、あまり得られるものがありません。

休養をとってもきちんと体を休めれば、それはそれで意味がありますし、このブログでも文章力を高めるという目的に近づく手段なので、普段から少しでも「有意義だった」とまでは言えなくてても、もう少し密度の高い時間を増やしていきたいと考えています。

と、思いながら今日もせっかくの休みをだらだらしてしまいました。

吾唯「不足」知:時間を無駄にしない努力

2017年5月20日 (土)

ハンドスピナー

今、海外でハンドスピナー(フィンガースピナーとも呼ぶらしい)が流行っているらしいです。

こんな感じの商品で、指先でただ回すだけの玩具です。

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構造はいたってシンプルで、中にベアリングが入っていて滑らかに回転する様になっています。

ただそれだけの商品なのですが、金属製のものや内部にLEDが仕込まれているものなどがあり、高いものになると、数千円します。

ここでふと、「3Dプリンタ持っているから自分で作れるんじゃないか」と思い、昔やっていたインラインスケートの予備のベアリングを探し、寸法を測り、デザインしてこんなのができました。
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大きさは、おそらく販売されているものと大差なく、それなりの出来栄えではないかと思っています。

実際に弄ってみた感想としては、昔流行った「ペン回し」を簡単にできる様にした玩具と言った感想です。

最近は、あちこちで通販などもされているので、気になった方は、入手してみてはいかがでしょうか?

吾唯「不足」知:今回は、特になし

2017年5月17日 (水)

読書

そんなに読書家ではないのですが、気になる本は何冊かあって買ってみるものの、読む時間と気力がなく床に積み上げてしまい、勿体無いことをしています。

こうゆうのを、積読(つんどく)と呼ぶそうですが。

本のジャンルとしては、実用本もありますが、ミステリーやSF、ファンタジーが多く、映画やドラマ、アニメの原作になった本もあり、雑多に積まれています。

短編集なら短い時間で1つの話が読めるのですが、長編になると一気に読まないと物語の最初の印象が薄れてしまいなんども読み返すことになってしまいます。

一度、読破して楽しみながら読み返すのは良いのですが、途中まで読んだ状態で時間が経つと、また最初から読まないと内容が思い出せなくなってしまいます。
これを繰り返すとなんか修行のようになってしまい、だんだん楽しめなくなります。

もっとまとまった時間と気力があれば1冊を一気読みできるのですが、結局、古本屋へ売ったりしてしまうので経済的にももったいないことをしています。

吾唯「不足」知:読書の時間と気力

2017年5月16日 (火)

カタカナ言葉

このブログを読んでいる方は、そんなにいないと思いますが、それでも少し気をつけていることがあります。

人を傷つけるような表現を避けることは当然として、なるべくカタカナを使用しないということです。

例えば、「誰かをリスペクト」するとか、「レジュメに目を通す」とか色々とありますが、元の言語での意味と変わっている場合もありますし、状況や業界によって意味することも変わってしまい、読む人によって意味が変わることを避けるためです。

先ほどの、「レジュメ」と聞いて、大半の人は何らかの資料の「要約文」と思う人が多いかもしれませんが、外資系企業の人事の方は、「履歴書」と思う人もいらっしゃるでしょう。

大きく意味が変わるカタカナ語としては、「デフォルト」という言葉があります。

ITに関わっている方は「初期設定」や「標準設定」という意味になりますが、経済用語になると「債務不履行」という意味になり、大きく意味が変わってしまいます。

ですので、日本語として浸透している言葉や名詞化している言葉は別として、なるべく読む人による意味の揺れを防ぐ為にもカタカナ語はなるべく抑えていきたいと思います。

吾唯「不足」知:正確に内容を伝える文章力

2017年5月15日 (月)

最近の制作物

このところ、個人的な物作りがだんだん遠ざかっているのですが、それでも気が向いた時に実用物や気になったデザインを3Dプリンタで出力しています。

今回は、日本の伝統文様を模した物を出力してみました。

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これは、麻の葉(あさのは)文様です。
大きさは、ハガキより若干大きい程度です。
うちの3Dプリンタの調整が良くない為か、直角が正確に出ないので少し歪んでしまっているのと、仕上げの荒さが目立ってしまっています。

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これは、千鳥(ちどり)文様の1つを出力してみました。
大きさは、50mm×50mm位です。
元々、箸置きでもと思って製作したのですが、何かの飾りとしても愛嬌があるのではないかと思います。
それでも、ABSで出力すると変な収縮をするので見えづらい所で、歪みが出てしまっているのですが。
色々と、時間が取られて製作の時間が取れずにいます。
まだまだ、作りたい物があったり、3D CADを使いこなせていないなどの課題もあったりしますが、少しずつ何かを作っていきます。

吾唯「不足」知:迅速な製作能力と自由な時間

2017年5月14日 (日)

散策

あまり、引き籠るのも精神的に良く無いので、午後から散策に出ました。

昔、近くに住んでいた両国から日本橋まで割と長い距離を散策しました。

最近、両国に「-両国-江戸NOREN」という和食中心の施設ができて、昼食後に行ったので、「東京商店」という店で、軽く角打ちしてきました。
写真は、-両国-江戸NORENの外観です。
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施設の中心には、両国らしく本物の土俵があって今日は、撮影会をしていました。
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酔い覚ましがてら、橋を渡って柳橋へ行き「柳ばし 小松屋」で佃煮を購入。
(写真は、小松屋さんのホームページより)
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小松屋さんを出てくると、聞きなれない鳥の声が.....
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あとで、調べてみるとどうやら、イソヒヨドリ(磯鵯)のメスのようです。
文字でどう表現して良いのか困るのですが、独特の地鳴きをします。

遠くから、ひとしきり鳥を愛でた後、日本橋に向かいました。

途中、「Clipニホンバシ」というスペースなどを共有しながら独立した仕事を行う施設(コワーキングスペースと呼ぶそうです)を見つけました。
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今のフリーランスの方々は、おしゃれな所で仕事しているなぁと思いながら、三越日本橋にて夕食を買って帰りました。
吾唯「不足」知:おしゃれな所で仕事ができる環境

2017年5月13日 (土)

普通とは

私は、自分が少々変わっている事を自覚していて、最近まで「もっと普通にならなければ」という意識にとらわれていましたが、先日兄と話しした時に、「普通な人なんていない。多かれ少なかれ変な人の集合の平均が、"普通"なんだ。」と言っていました。

言われてみて、実際にその通りだと思うのですが、人は「もっと普通に出来ないの?」とか言います。

その「普通」ってなんでしょう?

完全に平均な人はいないと思うのですが、平均からどのぐらいまでが、「普通」の範疇なのか、人によっても変わってくると思います。

また、地域や国民性によっては、常識とされている事さえも異なってきます。

「普通」を辞書で引くと、「他の同種のものと比べて特に変わった点が無く、ありふれていること。」といった意味の言葉が書いてあります。

でも、全てに特徴があって、特別だったら平均すらわからなくなるのでは無いでしょうか?

こんな事を考えていると、自分が損したり、人に迷惑をかけていなければ少々変わっていても、自分にとってそれが「普通」なのかもしれません。

実際には、私自身に少々問題があって心療内科に通っていますが、問題が解決すれば、このままの性格や行動でも良いのだと、少し自己を肯定出来そうな、兄の言葉でした。


吾唯「不足」知:自己を肯定する思考性

2017年5月12日 (金)

意思の疎通

突然ですが、私の上司は、ほとんど主語を言わずに指示をします。

部下は、よく理解できると感心していますが、人が何を考えているか想像力を働かせて応答します。

ですが、案件が複数ある場合こちらもどの案件に対して話をしているのかわからず、聞き返すと最初の言葉で通じないのが気に入らないせいか不機嫌になります。

ある種のコミュニケーション障害だと思っていますが、本人はちゃんと話しているつもりになっているので非常に迷惑しています。

本来、仕事上での意思の疎通は、「もう何度も聞いた」と言いたくなる位に密に行うのが間違いや作業漏れなどを防ぐ一番の方法だと思っているのですが、なかなか理解されません。

私は、間違った作業を正す作業などを「後ろ向きの作業」と表現していますが、本来作業は、「前向き」でないと業務が進行しないし、利益も出なくなります。

もっと、拙くても相手に負担をかけない様、丁寧に意思の疎通をしてもらいたいものです。

吾唯「不足」知:丁寧な意思表示を促す良い考え

2017年5月10日 (水)

働くという事

私は、働くということに「お金を稼ぐ」以外の意義が見出せずにいます。

よく、「この仕事は、生き甲斐だ」とか「意義のある事をしている」といった事をテレビなどで聞くのですが、私の心には全く響きません。

もちろん責任感を持って仕事しますし、多少の達成感を味わうこともありますが、仕事に「稼ぐ」以外に自分なりの意義を見出せずにいます。

会社での人間関係(特に上下関係)には、嫌なことが多く嫌になることもあります。

私の親しくしている方も、これから季節外れの突然の異動でこれからストレスが溜まるのではないかと思います。

私は多分、働かなくて良い状況になったら、引退生活をすることでしょう。

しかし、現状では仕事しないと経済的に成り立たないですし、仕方ないとは言え決まった時間に出社することによって、規則的な生活を維持しています。

別に仕事すること自体が嫌いなのではないです。

でも、仕事に意義を見出せない為に、精力的に仕事する気になれないでいます。

残業などもしますが、頭の中では時給計算して○○○○円分残業代稼いだ位にしか考えられないでいます。

「稼ぐ」以外に何か意義や自負心を持てたのなら、もう少し仕事に対する意識が変わるのかもしれません。

そうしたら、精神的にももう少し楽になれるのかもしれないのですが。

吾唯「不足」知:仕事に対する「稼ぐ」以外の意義

2017年5月 8日 (月)

左手用デバイスのその後

せっかく製作した左手用デバイスですが、今のところそんなに使用頻度が高くないです。
理由は、
・動作が不安定
 Mac OS Sierraの場合、デバイスを繋いでもキーボードの種類が特定できないと動作が不安定になり、システム環境設定のキーボードから、キーボードの種類を設定する必要がある。
・修飾キーのみの入力ができない
 Windowsでは出来たのですが、SHIFTキーを割り当てて、マウス操作すると言ったことが出来なかった。
・慣熟が必要
 既に元のキーボードでの操作に慣れているので、効率を上げるためには、製作したデバイスでの慣熟が必要。

になります。

少しずつ使用していって、慣熟してくればもっと使用頻度が上がってくるかもしれません。

なにか、設定などで、解決できるのかもしれないですが、それまでは、少しずつ使っていこうかと思います。

吾唯「不足」知:新しいものへの適応性

2017年5月 7日 (日)

東京地酒と酒器うつわ祭り

この連休中ほとんど引き籠っていたのですが、最終日くらい日中に外に出ようと自宅近くの木場公園に散歩に行きました。

木場公園では、毎年春の連休中に「東京地酒と酒器うつわ祭り」が行われて、結局少量ながら飲酒してしまいました。

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飲みすぎないようにミニコップ2杯で止めましたが、東京都内で日本酒の酒造元が結構あることはあまり知られていないのではないでしょうか?

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その後、公園内を散策して、帰路につき、まったりとした時間を過ごしました。
(楓の種?らしきものを初めて見ました。)

追記:いつもの言葉を付け忘れたので、一応書きます。

吾唯「不足」知:休日の外で過ごす穏やかな時間


継続する力

あまり、頻繁にブログを更新するのもどうかと思ったのですが、このところ重い話題ばかりで、今後明るい話題があまり出そうにないので、少しでも前向きな話題を書かなくてはと思い、更新しました。

今、このブログもそうですが、色々とやりたいことはあるのですが、何かを継続するには動機付け(モチベーション)の維持が必要です。

動機付けの在り様は、例えば自己満足であったり副収入であったりするかと思うのですが、私の場合、あまり高すぎる目標や目的などを掲げるとかえってやる気が萎えてしまう気がします。

すぐに実現できてしまっては達成感が得られないですし、実現が困難になると精神力が必要になります。

大きく困難な課題を自分に課して、精神力の方を鍛えるという方法もあるかと思いますが、私には適度な課題で小さめの達成感を感じつつ、少しずつ積み上げていく方が合っているのではないかと感じています。

そうでないと、考え込みすぎて鬱っぽくなってしまい、実際に心療内科にも通っているので。

この辺りの均衡が難しいところで、自分のことを知り、精神状態や状況に合わせて目標や動機付けを柔軟に変化させて、「適切な困難」を自分に与えていかないと物事を継続できないと考えています。

このブログの場合、今のところ「気が向いた時に更新する。ただし一ヶ月以内に次の更新をする。」というルールを設定しています。

飽きっぽい性格でもあるので、あまり1つの事象にこだわらず色々な事を少しずつ前進できれば良いかなと思います。

吾唯「不足」知:継続力

2017年5月 6日 (土)

人間嫌い

これを書くと、引かれてしまいそうですが、基本的に人が嫌いです。

上司とか顧客とか、嫌いな人間は誰しもいるとは思いますが、それ以上に、自分も含めて自分勝手でわがままで、あまり好きではありません。

しかしそのように思う人は少なく、たまにこの事を口にすると変わり者扱いされます。
ですが自分は、精神的に弱く、寂しがり屋でもあります。

たまに精神的に弱くなってくると、自己否定癖があるので、自分の嫌な部分を「誰か」に否定してもらいたくなってしまいます。

こういったところが、自分の弱い部分なんだと思いますが、そのような部分は他人に見せたくないので、余計に人との接触を避けてしまい人嫌いに拍車がかかります。

もう少し、自分の中で精神的な均衡を保ちながら、社交的になれればと思うのですが、なかなか思うように自分が制御できないでいます。

吾唯「不足」知:自分の精神状態に左右されない社会性

2017年5月 5日 (金)

自己否定

心療内科に通っていることもあり、あまり良い傾向ではないのですが、あまり自分が好きではないです。

見た目も中身も、今ひとつ好きになれないです。

見た目は、不細工ではないけど、今ひとつ格好良くないですし、中身も歳の割には、精神的に不安定で、知識も知恵も足りていないと思っています。

結果、自分があまり好きではなく自己否定に繋がってしまい、さらに精神的に不安定になり負の螺旋に落ちてしまいます。

人からの褒め言葉があっても素直に聞けず、さらに卑屈になってしまいます。
(この辺りは、そのうちに書くつもりでいる人間嫌いにも繋がっていますが。)

何か自分に絶対的な自信の持てるものがあれは、この自己否定の負の螺旋から抜けられるのだと思うのですが、なかなか見つかりません。

今回は、書けば書くほど落ち込んでしまいそうなので、この辺で止めます。

吾唯「不足」知:自分に対する自信

2017年5月 4日 (木)

「船を編む」

老眼なので、文庫本を読むのが辛くなってきたのですが、やっと本を読む時間がとれて三浦しをんさんの「船を編む」の文庫版を読み終えました。

三浦しをんさんの作品は、実写映像化されたものから入ることが多く、この方の作品は、3冊目です。

この前に読んだ作品は、「まほろ駅前多田便利軒」「まほろ駅前番外地」でやはり実写化された同名の劇場版とテレビドラマでした。

まほろシリーズでは、割と人の刹那的な部分を描いているような気がしましたが、「船を編む」では、辞書作りの編纂にかかった15年余りの出来事を少し俯瞰的に描いているような気がしました。

最近アニメ化もされているのでご存じの方も多いかと思いますが、小説の方は手持ちの辞書を片手に読み返すのも面白いかと思います。

非常に、言葉の意味に重きを置いている作品なので、言葉の深さとか思いや考えを伝えることの難しさを感じると共に、私が仕事で関わっている人たちの言葉への気の遣わなさに苛立ちを感じてしまいました。

実際に、本当の意味からずれた使い方をされる言葉は、数多くあると思いますが、仕方のないことだと思いますが、何かを伝える時には、真摯に言葉を選んでいかなくてはならないと感じました。

今日の文章は、何かとりとめない感じになってしまいましたが、この辺りで。

吾唯「不足」知:言葉を選ぶ慎重さ

2017年5月 1日 (月)

自分を疑え

題名を見て、「常識を疑え」のような啓発的な内容を期待した方には、申し訳ないですが、そんなに前向きな内容ではなく、少し愚痴が入っています。

日常の業務にて、何かちょっとした行き違いなどがあった時にまずは、「自分の作業や行動が間違ってなかったかを先に確認しよう」という話です。

私の上司は、何かあると真っ先に人を疑います。

実際に、言われた人が間違った作業をすることもあるのですが、言った本人が間違った作業をして、忘れているだけのことが半分くらいあります。

私の上司は、「人を見たら泥棒と思え」を地で行う人です。

逆にあまり知られていないことわざですが、「七度尋ねて人を疑え」ということわざがあり、むやみに他人を疑ってはいけないという戒めの言葉もあります。

どちらも正しいとは思うのですが、チームワークで仕事するなら私は、後者を重要視した方が良いのではないかと思います。

まずは、自分の仕事に間違いはなかったかを確認してから、人を疑うべきではないかと考えます。

吾唯「不足」知:疑われても心折れずに、潔白を示す説明力

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