日記・コラム・つぶやき

2018年1月 8日 (月)

ものづくりへの意欲

今日は、祝日なので本業は休みでしたが、平日はほぼ半日会社にいます。
会社でも、主業務は電子機器の製造職なのですが、小さい会社なので顧客対応などもします。

ですが、あまり向いていないのか、顧客からの電話などの対応で神経がすり減ります。
まぁ多少の気遣いなどは仕事なので、仕方ないのですが、業務を行う人数が足りていない為、ギリギリの納期の中で、無茶振りをしてくる顧客の対応を行うと神経がすり減り、様々な意欲が削られてしまいます。

その削られる意欲の中に、個人的にやりたい事も含まれていて、読書や写真などの意欲がなくなってしまいます。

特に、個人的なものづくりで色々とやりたいことがあるのですが、時間や体力面も不足している事もあって、気力が湧かなくなってしまいます。

今年こそは、ものづくりの情熱が摩滅しない様に少しずつでも前進していければ、もっと生産的で充実していけるのではないかと思っています。

吾唯「不足」知:気力

カワセミ

今日は、散策がてら江東区にある清澄庭園に行ってきました。
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まだ、梅は咲いていなかったのですが、カモやサギ、ユリカモメなどの野鳥が多くいました。
その中でも、カワセミがいたのには、驚きました。

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実際は、この写真よりももう少し鮮やかな色合いに見えました。

庭園内では、かなり写真は撮影したのですが、撮影の腕前が悪く、綺麗に撮れた写真が少ないのが残念です。

江東区は川や水路は多いですが、あまり自然がない場所なので、カワセミに出会えることは幸運でした。

吾唯「不足」知:野鳥を綺麗に撮影できる腕前

2018年1月 3日 (水)

想像力不足

一昨日、NHKのEテレにて「大人のピタゴラスイッチ~想像力としかくい穴~」(http://www.nhk.or.jp/kids/program/pitagora.html)という番組を見たのですが、「こうなるだろう」と思っていたことが実は違ってた事象が紹介されていました。
普段の生活の中で、「これはきっとこうだろう」と思っていることが、実際は、「こうも違っているのか!」と驚かされる事象が次々に登場。私たちの想像力と、現実のギャップを楽しむ30分間です。
その中で紹介されていた内容が意外と単純なのですが、思い違いやすいことばかりでした。

知識として知っているので結果がわかる事ばかりなのですが、知らない場合は、途中経過も想像しないと正しい結果を想定できない事象を多く取り上げられていました。

この番組では、物理的な事象をわかりやすく紹介する番組なのですが、こう言った想像力は物理的なことに限りません。

間関係でも、「こんな言葉を使うと相手が怒ってしまう」とか「もう少し説明しないと誤解されてしまう」とかいった事を考えるのも想像力になります。

ですが、型に嵌めて画一的な教育の結果、私も含めた今の社会全体として「想像力」を使うことが少なくなってきた様に感じます。

「想像力」を使わない社会になってきているから、何か事故や事件が起こった後に「想定外の事態でした」とか「こんなことになると思いませんでした」といった言葉が聞かれる様になってきているのだと思います。

もっと幅広く「想像力」を駆使して、正しい結果を予想して、社会全体が少しでもより良い方向へ向かっていければと感じた番組でした。


吾唯「不足」知:型に嵌らない幅広い想像力

2018年1月 1日 (月)

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

あまり明るいブログでもなく、拙い文章ではありますが、お付き合いいただければと思います。

私も含めて、皆さんにとってよい一年でありますように。

2017年12月29日 (金)

常に自分を戒めて

今年もあと僅かとなりました。

今年は、個人的にそれほど大きな出来事もなく終わりそうですが、精神的にはかなり波のある一年となってしまいました。

よくないと思いつつ無駄な消費をし、後悔することも多かった様に思います。

出来る限り、自分を戒め、もっと幅広く生産的な行動することを、来年の目標としていきたいと思います。

それでは、よいお年を。

吾唯「不足」知:自分を戒める精神力

2017年12月25日 (月)

Merry Christmas

Merry Christmas

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2017年12月24日 (日)

精神的な「内面」と行動や見た目の「外見」の境界線

自分では違うと思ってるのですが、他の人から見ると私は「社交的で話し上手」なのだそうです。
特に、仕事から離れ、プライベートな話をしていると「話をしていて楽しい」人なのだそうです。

しかし自分では、内向的で暗い人間だと思っています。

この差は、どこから出てくるのか考えると、自分の中にある「内面」と見た目や行動に現れる「外見」に違いがあるのだと思うのですが、境目はどこにあるのかと考えてしまいます。

自分の場合は、多分「人に嫌われたくない」といった様な感情から無意識に社交的に振舞っている部分が境界線なのだと思います。

こう言った表と裏は、誰しもがあるかと思うのですが、自分が考えている自分と他の人が見ている自分に乖離があると、自分は理解されにくい人間なのだと思ってしまいます。

自分の「内面」と「外見」の境目を認識して、もっと、自然に本当の自分を面に出せれば、良いのかもしれません。
もっとも、他の人を理解する努力も必要ですが。

吾唯「不足」知:もっと自分の内面への理解?

2017年12月18日 (月)

仕事に逃げる

未だ、立て続けに両親を亡くしたショックから抜け切れていないのか、精神的に落ち込んでくると、好きだった父親の事を思い出します。

父は、抗癌剤治療を受けながら仕事をしていて、廃業手続きを終えた直後に無くなりました。
今にして思えば、「仕事さえ続けていれば何とかなる」と考えていたのでしょう。

生前、父は「忙しいと、余計な事を考えなくなる」と言っていたので、ある種の逃避行動だったのかもしれません。
その話を聞いた時は、他にも気分転換や逃避する方法はあると思っていたのですが、最近になって理解できた様な気がします。

このところ、言いようのない不安や悩みが頭から離れず気が滅入ることが多いのですが、仕事が忙しくなり業務をこなしていると余裕が無くなり、目の前の仕事だけで頭が一杯になり悩んでいる余裕すら無くなってきます。

もしかしたら、父も逃れられない死を覚悟しながらも、「仕事への逃避行動」によって最後まで正気を保ったまま逝く事ができたのかもしれません。

人の悩みは、ちょっとしたきっかけで解決できることもあれば、物理的に解決できない事や内面的に葛藤を抱え解決に時間がかかることなど様々です。

私も多少の逃避をしても、自分の悩みとうまく付き合って平然を保っていければよいのですが。

吾唯「不足」知:自己解決能力


2017年12月17日 (日)

空虚感と虚無感

最近、虚無感というか空虚感というかなんとも言えない感情を感じることが多いです。

調べると「空虚感」は虚しい気持ちやうつろな感じで、「虚無感」は空しさや空虚な感情など何もない状態を指すのだそうですが、自分としては違いもわからず、どちらの状態(もしくは、両方)なのかもわからない状態に襲われることが増えてしまいました。

語彙力がないので表現しきれないのですが、非常にやる気が出ないというか孤立感というか動けなくなってしまう様な感情に襲われます。

例えば、逃げ出したいといった様な負の力みたいなものがあればまだ、行動しようという気になれると思うのですが、プラス・マイナス0の様な行動を起こす気力すら湧かないような時があります。

自分で考えると、いろいろな不安が頭から離れないためなのだと思いますが、引き金になっているのはおそらく両親の他界なのだと思います。
もう相次いで二人亡くなったのですが、特に、父親の他界は、かなり精神的なダメージを受けていのだと思います。

もう2年近く経つので、いいかげん立ち直れないものかと自分でも思っているのですが.....

吾唯「不足」知:精神的な強さ

2017年12月 3日 (日)

現在志向バイアス

先日、TVにて「現在志向バイアス」という言葉を知ったのですが、皆さんはご存知でしょうか?

極端に書くと、先のことを考えず目先の利益や快適さを優先する心理を表す行動経済学の言葉だそうです。

毎日少しずつやれば大したことのない夏休みの宿題を休みの最後の日になって苦労してこなすなどの例が挙げられます。

同じ様な心理が、子供の宿題だけでなく大人でも、「面倒だから後でやろう」などと先送りにしてしまう時にも「現在志向バイアス」が働いているとのことです。

私自身も、「疲れた」「面倒」といった理由で、大したことのない事でも後回しにして意外と時間を取られてしまうことがあります。

もちろん、全てを今すぐ行動した方が良いということではなくて、多少の苦労や利益の減少があっても全体としてタイミングを見計らって行動した方が良い場合もありますが、大抵の場合「現在志向バイアス」によって、論理的な判断ができず目先の利益に傾いてしまうことが多い様です。

「現在志向バイアス」というのは、完全になくすことができない心理らしいので、物事を先送りする前に少しでも論理的な判断ができているか考えながら行動していかなくてはと思います。

吾唯「不足」知:「現在志向バイアス」を下げる論理的な判断力

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